前回のインタビュー第1冊目では、身体、心のあり方を踏まえた関わり方について、代表におすすめ書籍を紹介していただきました。
第2回目は「科学する」ことの重要性、そして今本当に必要とされている運動療法についてのお話です。
「運動の専門家」として、包括的に人と関わる私たちが、今、読むべき本とは何か。予防運動研究会 中村尚人代表に聞きました。
第2回「ヒトはなぜまっすぐ歩けるのか―「めまい」とバランスを科学する」 小滝 透 著
小説のように医学を読むおもしろさ
この本は医学書ではないんですよ。そこがとてつもなく面白いんです。
医学書ではないのだけど「めまい」そして「歩き」「ヒト」というものを、まさに「科学」しているわけです。
この本は、日本の檜学(ひのき・まなび)先生を中心人物として、福田精先生、アメリカのめまい研究の大家でノーベル賞をとられたバラニー氏といった、めまい研究の先生方の研究の歴史と、研究に奮闘した方々についての、ノンフィクションの文学なんです。
著者である小滝先生がインタビューをして、それをノンフィクションでまとめた本ですね。
小滝先生が会った方たちのコメントや回想シーンは文学的に、小説みたいに書いてあります。内容は「めまいの科学」で、医学書の内容なんですが、書き方が文学的に描いてあるので、すごくおもしろいのです。こんな風に「医学」を読むことができるのかと。
めまいに対する運動療法の現状
前庭系と運動というのは実はすごく関係があるのですが、めまいに関しての運動療法はあまりないのです。
「めまいリハビリ」は新井基洋先生が体系化されていますが、アメリカでは理学療法士がめまいに対するリハビリをやっています。ところが、日本の理学療法士はやっていない。だから新井先生がやっているわけです。
※参考「めまいは寝てては治らない-実践-めまいを治す24のリハビリ-改訂4版」新井 基洋 著
日本では、めまいを運動で治すという発想があまりないですよね。
僕たちも、理学療法士養成校でそんなことは聞いたことがなかったし、常識ではなかった。
だけど実際にめまいについて勉強をしていくと、運動で改善されるということがわかります。逆に運動の障害で三半規管や、耳石器という内耳の問題が絡んでくることもあるのです。
バビンスキー反射は病的反射か
この本の中では、足が強く蹴れるのはバビンスキー反射があるからだ、という話がでてきます。
ATNR(非対称性緊張性頚反射)といった緊張性頚反射というのは僕らは「病的反射」だとしているけれど、実際はスポーツなどで使っています。
スポーツなどで使っているということは、実は正常でもでているということです。「病的反射」とされているけれど、オートマチックに、効率的な動きとして存在しているわけです。
バビンスキー反射というのは足趾を背屈に持ってきた時に、足の底屈と足趾の背屈というセットをつくる反射です。だから足底刺激が足趾の伸展を生むというのは、これは下肢の蹴りを促す機構なんです。
だけど、それを僕らは病気によって出る「病的反射」だと習うから、「錐体路障害が起こるとバビンスキー反射がでます」となる。
しかし、実際はヒトとして必要な機能なんですね。
歩行だって、足趾の伸展がしっかりでないと、実は膝の伸展筋力は落ちるのです。
テノデーシスアクション(※ 手関節背屈すると手指は屈曲する)と一緒で、足部の底屈に対して足趾伸展、足部の背屈に対して足趾の屈曲というパターンなわけです。こういうパターンがバビンスキー反射でまた促されて、それが「蹴れる」という、「push off」につながるという。そういった、「えっ」と思うようなこともでてきます。
めまいの病的反射に関しても、病的というのが本当なのか、ということです。
首・頭を回旋すると反対側の肘が伸びる、というATNRは病的反射となるわけですが、でも高いものをとろうとしたら下のイラストのようになりますよね。 これがATNRですよ、ということを証明していったんですね。その中で、バビンスキー反射も同じですよ、という話がでてくるのです。
常識とされているものを鵜呑みにしない
科学者の疑う目と、常識とされているものを鵜呑みにしないという信念は大事だと思います。
「しょうがない」とされていることは本当なのか?と。この本のなかでも、側弯症は前庭系と関係がある、という話がでてきます。「側弯症はしょうがない」というのも、「本当か?!」という、疑うという目でみていくことが、どれくらい大事なのかということです。
この本に出てくる方たちは研究者で、僕たちは臨床家です。でも「学問とする」ということは、「科学する」ということです。色々な批判に堪えうるくらい、予防運動が確立されていけば、「予防運動学」になると思います。こういう科学者の方たちの生き方から学ぶことはとても多いなと思います。
多角的な視点でみる
1996年の本ですから新しくはないんですが、それでも理学療法のなかではあまり聞かないような内容がいっぱい書いてあるのです。
これからは、本当に多角的な視点で人をみなければいけないと思います。
例えば「膝が痛い」というのも、もしかしたら内耳の問題から、平衡機能が異常を起こしていて膝関節痛になっている可能性も、当然ゼロではないですね。
でも、膝関節痛の人をみたときに、「あ、この人内耳の問題があるかもしれないな」、という気づきが得られるか、というと、こういったことを知っていなければ気づけないですね。
そういう意味で、予防の考え方は、総合診療医のようなイメージだと思います。ホール(全体)でみていくということです。
色々な分野に分かれてしまったけど、すべての分野はつながっているから、広く抑えてその関係性を運動というものでまとめていくことはすごく必要だと感じています。
側弯症をなんとかしたい
この本は、恩師に側弯症について勉強している、と伝えたところ、教えていただきました。僕は今、側弯症をなんとかしたいと思っています。
予防のなかでも側弯症は重要だと思います。側弯症を予防できたらすごい。
発症率1〜3%の疾患を予防できたら、1300万人を救えるかもしれないということです。
もちろん、先天性という場合はあります。でも、思春期特発性側弯症に関しては、予防可能なものが結構なパーセンテージで存在している可能性がゼロではないと思っています。
原因が不明といわれている疾患であれば、逆に言えば仮説を立ててやることだってできるわけです。原因が明確ではない、ということは、まだ余地があるということなんです。
もし側弯症を予防できたら、すごい社会貢献だと思っています。
「科学する」ための評価をしていく
ひとつずつしっかりと検査をして、根拠を出して、その根拠をもとに治療なり運動指導をして、結果を出していくということが重要だと思います。
身体と心は一緒、という発想なわけです。
そのプロセスが「科学する」ということだと思います。
あいまいにやるのではなくて、ひとつひとつ検査をして、明確化して、誰が聞いてもみても、患者さんも家族もみんなが納得をしてすすめていけるということ。 予防運動アドバイザー養成コースでも、やはりこういった、この検査でこれがわかる、といった評価を行っていきます。「科学する」ための評価項目なんです。 今後は予防運動アドバイザーSTEP1の評価項目に、めまいも入ってくるかもしれない。 この評価をすれば、これはめまいだ、とわかるとかですね。
まだわからないことはたくさんあります。下顎や、咬合の問題もそうです。もちろん評価していくようにはしていますが、これ以外に、目も入ってくるかもしれないし、内耳も入ってくるかもしれない。脳神経も必要と思っているし、そうすると自律神経も測ったほうがいいかもしれない。
そうやって、困っている人がいたら、その困っている人の原因を見つけていく。単純に筋肉とか関節だけ、という話ではないと思います。
もっと多角的に評価すべきだなということですね。それが、すべて運動につながっていく、歩くということにつながっていく。
この本は、タイトルもすごくいいですよね。「なぜまっすぐ歩けるのか」。
最高のタイトルだと思います。ぜひ読まれることをおすすめいたします。